3/羽鳥英里紗と教会

(カリンカプラン春物語 第二章「ある吸血鬼の一日」より)

 

 


「やあようこそ。今日は、何の話をしにきたのかな」
 教会の主である探偵は、いつものように悠然と微笑んで、いつものようにそう言った。
 だから私も、いつも通りに答えるのだった。
「お話しをしにきたのではなく、お菓子を貰いにきたのよ」
「お茶はいらないの?」
「もちろん、頂くわ」
 私の言葉に、探偵は紅茶とクッキーを差しだしてくる。予め用意してあったかのような手際の良さだ。微かに湯気のゆれる紅茶は、たった今淹れたばかりとしか思えなかった。
 まあいいわ、と私は自分に言い聞かせる。
 探偵のことを気にしていても仕方がない。彼女はそういう子なのだ、と私の中では結論が出ている。考えるだけ無駄、気にするだけ無駄。お茶とお菓子を出してくれるだけの、便利な相手。それだけのことだ。
 考えてはならない。
 気にしてはならない。
 そういう、相手。
「美味しそうに食べるのね」
「美味しいもの。管理された食事でない、というだけで格別だわ」
「寮のご飯では足りない?」
「足りないというか、物足りないというか。食べられるときに食べられるだけ食べる、というのが信条なの」
 はあ、と頷きながら、探偵が私の身体をじろじろと見つめるのを感じる。新陳代謝が良いのよ、と私は肩をすくめた。実際のところは、単に病気の影響だろうけれど。
 生きるということは、エネルギーを消費することで。
 死にたくなければ、エネルギーを摂取しなければならない。
 生き続けること。食べ続けること。失い続けること。それは環になって循環している。私の環は、きっと他人より少しばかり太いのだ。
「ぶしつけな視線ね」
「ごめんなさい。――でもほら、教会って、神様に見られている場所ですから」
 神様なんてまったく信じていないような声音と微笑みだった。そもそも、教会にいるのに、彼女が名乗っている肩書は探偵という時点で胡散臭いにも程がある。
 探偵と名乗っているけれど、彼女は探偵ではない。
 教会の主ではあるけれど、彼女は修道女ではない。
 私たちと同じクラスメイトであり、私たちと同じ学寮生でもある――つまりは、私たちと同じ悪魔憑きの病人だ。
 どういう手段を使ったのか、彼女は教会を根城にして自由に使っている。本来手に入れることもできないお菓子や紅茶の類も手に入れている――おそらくは職員の一部と裏でつながっているのだろう。
 つまりは生臭だ。
 懺悔をする場所でも、罪をくいる神聖な場所でもなく、非合法な手段で得たお菓子を食べる、ろくでもない場所。それが教会だった。
 そして私は、そのおこぼれに預かっている。
 私にとって大事なのは、食べることなのだから。何もかもが管理された世界で、管理されていないものを手に入れるのは難しい。その一点で、私は探偵を尊敬している。
「これ、不良が校舎裏に集まるようなものよね」
「私は真面目な方なんだけどな」
「授業に出ないのに?」
「授業に出ることが、真面目というわけでもないでしょ?」
 私の疑問に、探偵は思ったよりも真面目な顔をした。
 ぐ、と身を乗り出して、私の目を覗きこんでくる仕草に、ちょっと気押されてしまう。
 ……そういえば。
 私は、私のことは、よく話すけれど。
 彼女は、自分のことを話さない。
 探偵の『病』とは、何なのだろう――そんな私の疑問を吹き飛ばすように、探偵は強い声で言う。
「真面目ということはね、レールから外れないことなんだよ。初期設定からずれないこと。揺らがないこと。どこへ向かっているかは、問題じゃないの」
「レールから、外れない……」
「レールを敷いたのは、自分自身かもしれないし、他人かもしれない。重要なのは、走り続けること。止まらず、揺れず、迷わず、ただひたすらに終わりへと走る――その意味では、吸血鬼はとっても真面目だと思うよ」
「私が、真面目……」
「だから、聞かせてほしいな。真面目な、吸血鬼のお話しを。いつもみたいに」
 言って、彼女は笑って。
 私は、小さく頷いた。
 それはルールだ。教会のルール。教会の主がお菓子の対価として求めるのは、お話しなのだから。
 いったいそれがどうして対価になるのかはよくわからない。でも、たぶん教職員と繋がっていることに関係があるのだろう。情報を流している、とか。
 深くは考えない。
 というよりも。
 深くは、考えられない。
 差し出された紅茶を飲んで、お菓子を食べていると、思考に靄がかかっていくような気さえした。お菓子がおいしいせいだろうか。紅茶が温かいせいだろうか。ついつい、色々なことまで喋ってしまう。
 それは、たとえば。
 自分自身の、ことまで――懺悔するように、語ってしまうのだった。